利休の茶会

茶聖とまで仰がれた利休は、詫び寂びの主張を茶式に完全に組み入れ、その茶風を確立させた。その好物は数多く、墨蹟の掛物、竹花入、炉釜、焼物香合、楽茶碗などは、利休によって、初めてその地位を得たのである。利休のころになると、東山の茶風はかなり様相を改め、取り合わせる道具も大幅に変化する。利休は、珠光に根ざし、紹鷗によってはぐくまれた詫び寂びの主張を、茶式のなかに完全に組み入れ、点前だけでなく、茶席および茶道具全般に、その茶風を確立させるのである。すなわち利休は、当時の為政者である秀吉の政治力を背景に、全国に茶の湯の真価を問うたわけで、これが、諸大名のみならず、一般の数奇者にも大いに迎合され、ついに茶聖と仰がれるまでに至ったのである。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>